脱毛サロンの女性客がやけどで全治2週間|事故の原因と再発防止策

脱毛サロン 事故

2023年6月22日、脱毛サロンに通う女性客が脱毛の施術によって全治2週間のやけどを負ったことが報道され、美容業界が騒然としました。とはいえ、脱毛サロンや医療機関でのやけどや炎症といったトラブルは毎年のように報告されています。今回は大手メディアで報道されて注目を集めていますが、こういったやけどトラブルは珍しくありません。なぜ脱毛の施術で繰り返し事故が発生するのでしょうか。脱毛機に長く関わる筆者が脱毛の施術をめぐるトラブルの原因と再発防止策を解説します。

 

そもそも脱毛のしくみとは

脱毛のしくみ

医療機関や脱毛サロンで行われる脱毛のうち比較的長期間効果が持続するものは、光脱毛、レーザー脱毛、ニードル脱毛の3種類です。まずはそれらの脱毛のしくみを理解しておきましょう。

光・レーザー脱毛では熱でムダ毛を作る組織に働きかける

光脱毛やレーザー脱毛は、光やレーザーを皮膚に照射して、皮膚の内部にあるメラニン色素に反応させてムダ毛を作る組織に働きかけるしくみです。医療機関で行うレーザー脱毛の場合は、ムダ毛を作る細胞を変化、破壊することができます。IPL脱毛のうちSHR方式の脱毛機器はメラニン色素ではなく、毛包組織全体に熱を蓄積させてムダ毛にアプローチします。いずれの場合も光やレーザーを照射して熱を生じさせてムダ毛にアプローチする点に変わりはありません。

ニードル脱毛は毛穴に針を刺して高周波や電気を流す

医療機関やエステサロンで行われるニードル脱毛は、毛穴に1本ずつ細い針を刺して高周波や電気によってムダ毛を作る細胞を変性させます。光脱毛やレーザー脱毛よりも効果が高く、持続期間も長いと言われています。ニードル脱毛の歴史は長く、日本でも1970年代にはエステサロンでの施術が行われていました。

脱毛サロンや医療機関はやけどトラブルが一定確率で生じる

 

脱毛サロンや医療機関での健康被害については、国民生活センターがデータをとりまとめています。2017年に公表された2012年から2016年までの調査ではありますが、エステサロンと医療機関のそれぞれで発生した火傷トラブルの件数は以下の通りです。

【脱毛によって生じたやけどの被害】

・エステサロン:269件
・医療機関:134件

【出典:独立行政法人 国民生活センター「なくならない脱毛施術による危害

医療機関のほうがやけどの件数は少ないように感じますが、施術件数に対するやけどが生じる割合がこのデータではわかりません。そこで、医療脱毛の大手「リゼクリニック」が発表したデータを確認してみると、2015年から2020年の5年で脱毛を施術した患者数が5倍に増えているとのこと。国民生活センターのデータは2012年から2016年までの5年間であり、医療脱毛が今よりも普及していない時期で、脱毛といえば脱毛サロンが主流でした。したがって、施術件数を母数にしてやけどが生じる確率を計算すると、医療脱毛とサロン脱毛に大きな差が生じないないのではと考えられます。

実際に某クリニックが、インフルエンサーに脱毛の施術を実施したところ、施術部位全体にやけどの痕が残ってしまいました。そして、クリニックの対応が悪かったこともありSNSで拡散されてしまいクリニックのイメージが大幅にダウン。当該クリニックだけでなく脱毛業界全体のイメージが大幅に低下しました。
【参考:PR TIMES「老若男女に広がる脱毛市場」脱毛患者数を5年前と比較しそれぞれ増加

医療機関でも脱毛サロンでもやけどが発生する原因

脱毛サロンで事故が発生する原因

つづいて、医療機関や脱毛サロンでやけどが生じる原因を解説します。

レーザー脱毛や光脱毛でのやけどは人為的なミスがほとんど

レーザー脱毛や光脱毛でやけどのトラブルが生じる原因のほとんどが「人為的なミス」です。2023年6月に報じられたエステサロンでのやけど被害においても、スタッフが「脱毛用のフィルターを装着しなかったこと」によって事故が生じました。そもそも光脱毛やレーザー脱毛の脱毛機からは皮膚にとって有害な波長の光やレーザーも照射されています。それを「フィルタ」と呼ばれる特定の波長をカットするガラス板を装着することで遮断して、安全に施術ができるようにしているのです。脱毛サロンや医療機関では施術の際に必ずフィルタを装着するようにスタッフや看護師に指導しています。しかし、人間は必ずミスをします。フィルタの装着を忘れたり、誤ったフィルタを装着したりするといったミスは決して珍しくありません。

1件のやけどの影には300件のヒヤリハットが隠れている

業務中の事故や労働災害の予防について語られるときに、頻繁に登場するのが「ヒヤリハット」です。ヒヤリハットとは、危険なことが起きたものの事故には至らなかった事象のことをいいます。ハインリッヒの法則によると1件の重大事故の裏には29件の軽傷事故があり、さらに300件の事故に至らなかったヒヤリが隠れているといいます。今回の脱毛サロンが引き起こした事故は、お客さまに取り返しのつかない傷を負わせてしまいました。しかしこの事故はすべてのクリニックやサロンにとって他人事ではありません。人為的なミスはどんなに細心の注意を払っても必ず発生します。

脱毛サロンでのやけど事故を防ぐためにオーナー様やスタッフができること

脱毛サロンにおける事故の再発防止策

脱毛サロンや医療機関でのやけど事故はお客さまに被害を与えるだけでなく、サロンや医療機関の評判を失墜させてしまいます。このような事態を引き起こさないための、事故が起きる確率を最小限に抑えられる具体的な対処法を解説します。

施術前の指差し確認と施術者での試し打ちを必ず行う

脱毛機にフィルタを装着しているかのチェックは、お客さまが変わるたびに行ってください。目視だけでなく指で指して声をだすなど、動作を取り入れたチェックを必ず実施しましょう。しかし、これだけでは必ずフィルタの装着忘れは発生します。そこで推奨するのが施術者の腕や脚への試し打ちです。フィルタに不具合が生じていたり、フィルタをつけ忘れたりしていれば、試し打ちで必ず気づけます。

安全装置がついている脱毛機を使用する

信頼できるメーカーが製造、開発した脱毛機であれば、フィルタを装着せずに光を照射しようとしても、照射できません。安全装置がついている脱毛機であればフィルタの装着忘れによる事故が発生する可能性はほぼゼロです。

脱毛機の定期メンテナンスを欠かさない

脱毛機に安全装置がついていたとしても安全装置が故障してしまえばフィルタを装着していなくても光やレーザーを照射できる可能性はあります。したがって、脱毛機の定期メンテナンスは欠かせません。脱毛機メーカーによって「1年に一度、2年に一度」といった定期メンテナンスの推奨サイクルがありますので、必ずチェックするようにしましょう。

賠償責任保険に加入しておく

脱毛サロン、エステサロンを問わず事業を営んでいる場合は、賠償責任保険への加入を推奨します。事業者向けの賠償責任保険は、事業を運営していく上で他人の財物や身体に損害を与えた場合に、その賠償金を支払ってくれる保険です。脱毛サロンの場合はやけどなどのトラブルが賠償金の支払い対象となります。事故が起きた経緯によっては賠償金が支払われないケースもありますが、メーカーの指示通りに施術していて生じた事故についてはお客さまへの賠償金が支払われます。

スタッフが増えるたびに必ず導入講習を実施する

脱毛の施術はハンドピースを皮膚に当てるだけであり、高度なスキルが必要とされません。アルバイトやパートのスタッフを雇っているサロン様も多く、人員は定期的に入れ替わります。新しいスタッフを雇用するたびに、できれば脱毛機メーカーのインストラクターによる導入講習に参加させましょう。そういったアフターフォローがないメーカーの場合は、オーナー様、先生が必ず照射の手順やリスクをレクチャーした上で、施術を何度も練習させてあげましょう。

脱毛サロンや医療機関でやけどトラブルが発生したときの対処法

脱毛サロンで事故が発生したときの対処法

万全なチェック体制を整えていても、やけどのトラブルが発生する可能性はゼロにはなりません。最後に脱毛サロンや医療機関でやけどのトラブルが生じたときの対処法を詳しく解説します。

 

①お客さまに丁寧に謝罪をする

脱毛サロンやエステサロンでやけど事故が発生したら、まずはお客さまに謝罪をしてください。事故が発生した時点では、施術者が原因なのか脱毛機に問題があるのかはわかりません。しかしお客さまに落ち度がないことは明らかです。その場で謝罪するのはもちろんですが、できれば事故が発生した、もしくは事故に気づいた日のうちに、菓子折り等を持って自宅を訪れ真摯に謝罪を行ってください。

②医療機関を受診していただく

お客さまの症状の大小を問わず、必ず医療機関で適切な診断と治療を受けてもらってください。その際の治療費はサロン側が負担します。お客さまが治療費を立て替えることがないように、受診の際は付き添っていただくのがベストです。付き添いが無理な場合は、後から治療費をお渡しできるように領収書を捨てないように依頼しておきましょう。

③保険会社や代理店等、保険の窓口に事故発生を知らせる

お客さまへの謝罪や受診と同時並行で、保険会社に事故発生の一報を入れておいてください。事故から時間が経過しすぎると「事故とやけどの因果関係がない」などと保険金の支払いが拒否されるおそれがあります。また保険会社の約款によっては、フィルタの装着ミスなど契約者や被保険者側に重大な過失が認められる事故、脱毛機の瑕疵によって生じた事故については、保険金が支払われないおそれもあります。保険金支払いの可否を含めて、初動の段階で確認しておくことが大切です。初動で保険金の支払い対象にならないと判明した場合は、お客さまへの治療費や慰謝料等の賠償金を用意しておく必要があります。

④脱毛機メーカーに連絡する

やけどの事故が発生したら必ず脱毛機メーカーに連絡をしましょう。事故の原因によっては脱毛機メーカーが賠償責任を負う可能性もあります。責任の所在をはっきりさせるためにも、メーカーには事故が起きた状況を詳しく説明しましょう。またカスタマーサポートが充実している脱毛機メーカーでは、そういったトラブルの対処法にも熟知していますので、状況に応じた最適な対処法をアドバイスしてもらえま。

⑤お客さまと示談交渉を行う

施術のミス等が原因で生じた事故であることが明らかであれば、お客さまに生じた損害については、サロン様が賠償する義務があります。具体的には以下の項目について賠償が必要です。加入している保険に示談交渉サービスがついていれば保険会社に示談交渉を一任しましょう。示談交渉サービスがない場合には、サロンのオーナーさまや先生が交渉する必要があります。

 

・治療費や薬代の実費
・通院交通費
・慰謝料
・休業損害費用
・後遺障害慰謝料
・逸失利益

治療を行っても傷跡が消えない場合には傷跡の大きさや部位によって、後遺障害の慰謝料や逸失利益を支払います。そうでない場合は治療費や薬代の実費、通院交通費や慰謝料、休業損害等を支払います。この中で計算が必要になるのは慰謝料と休業損害です。慰謝料については交通事故の示談交渉で用いられている基準で計算するとわかりやすいでしょう。交通事故の加害者が被害者に支払う慰謝料の基本的な計算方法は以下の通りです。

【慰謝料の計算方法】

通院日数x2×4,300円=慰謝料
治療日数×4,300円=慰謝料

こちらのいずれか少ない方を採用します。たとえば通院した日数が30日、やけど事故が発生してから治癒するまでの期間が3ヶ月(92日)だった場合、通院日数30日X2X4300円=258,000円がお支払いする慰謝料です。

【休業損害の計算方法】
給与の日額×休業日数=休業損害

給与の日額については、やけどが発生する前3ヶ月程度の給与の平均額を稼働日数で割って計算します。お客さまが有給休暇を取得した場合も、休業損害をお支払いしましょう。お客さまのやけどが治癒したら、すべての損害額が出揃いますので具体的な金額を提示しながらの示談交渉を開始します。こちらでご案内した金額はあくまでも目安です。保険会社と相談しながら、適切な賠償金を提示しましょう。示談交渉サービスが付属していない保険の場合、当事者同士が合意した賠償金であっても通例や判例等よりも高額の賠償金は支払われないリスクがあります。

賠償金の金額等に双方が同意したら示談書を取り交わします。示談書は一般的な書式で構いませんが、「事故の詳細について口外しないこと」といった守秘義務について規定した条項を含めておくことをおすすめします。示談後にお客さまがSNS等で事故について拡散するリスクをおさえるためです。

脱毛サロンやクリニックでのやけど事故は信頼できるメーカー選びと施術前の入念なチェックで防止しよう

 

今回は2023年6月に報道された脱毛サロンのお客さまが、脱毛の施術によってやけどをおった事故について解説するとともに、事故の原因と対処法まで掘り下げました。

脱毛は人間がおこなう施術である以上、一定確率で事故は発生します。しかし信頼できる脱毛機メーカーを選びメンテナンスを欠かさないこと、施術前に必ず試し打ちをするといった対策で事故の発生確率は低減できます。また事故が発生した際は、適切に対処すれば大きな問題に発展しない可能性もあります。

 

脱毛サロンやクリニックのスタッフのオーナー様は事故を発生させない仕組みを整えた上で、事故発生時の対応についてもあらかじめ決めておきましょう。